エミリィ・ディキンスン資料センター便り【2022年9月】
2022(令和4)年9月の「エミリィ・ディキンスン資料センター便り」The Whisper from Amherst~エミリィのささやき~
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エミリィが詩の素材として取り上げる昆虫は実に様々です。エミリィの研究者の第一人者である宇野ひろ子氏が訳した「エミリ・ディキンスン事典」によると、たいていの昆虫は2、3回しか現れません。
登場回数が最も多いのがミツバチ、そして蝶、蠅に続いて多いのがコオロギで、11回登場すると言われています。
‘The Crickets sang’
The Crickets sang
And set the Sun
And Workmen finished one by one
Their Seams the Day upon-
The Bee had perished from the Scene
And distant as an Order done
And doubtful as Report upon
The Multitudes of Noon-
The low Grass loaded with the Dew
The twilight leaned as Strangers do
With Hat in Hand, polite and new
To stay as if, or go-
A Vastness, as a Neighbor, came-
A Wisdom without Face or Name-
A peace, as Hemispheres at Home
And so the Night became.
こおろぎが歌い
夕陽が沈んだ
職人たちはひと針ずつ
その日の縫い目を縫い終えた
蜂はすでに 舞台から消え
命令がなされたかのように遠のき
真昼の多くの出来事の報告のように
疑わしくなっていた
低い草は露を受け
たそがれは 旅人のように身をかがめた
帽子を手にして 不慣れにも慇懃に改まり
行こうか 留まろうかとー
果てしない広がりが 隣人のように
名前も顔ももたない知恵と
安らぎが 両半球が1つになったように訪れ
そしてやがて夜になった
訳: 古川 隆夫 「ディキンスンの詩法の研究」 研究社 より)
生態学の研究によると、鳴き声を発する多くの昆虫はコオロギも含めて、鳴き声を発するメカニズムが温度と密接に関係していると言われています。コオロギの鳴き声は大体8月から11月頃に聞くことができます。鳴く時間帯の大きな特徴として、日中暑い時期は夜に鳴きます。秋に入った直後など気温が下がってきたら一日中鳴きます。秋から冬にかけて寒くなると日中だけ鳴きます。
エミリィがこの詩を書いたのは晩夏でしょうか。昼間はあまり鳴いていなかったのでしょう。
エミリィはこれを含め同じ詩を3つ書いています。そのうち2作品は第2連が削除されています。さらにその1つは1867年に兄嫁のSueに送られたものだと言われています。エミリィの詩集の完全版を編集し、3巻にまとめて1955年に出版したThomas H. Johnsonによると、恐らくその内容の曖昧さが気になったためではないかと推測しています。
この詩にメロディをつけ、マリンバで演奏している動画を見つけました。エミリィが関心を寄せる小さな生き物の1つであるコオロギが平和で果てしない夜の訪れを表現している芸術的な作品です。
Nellie’s Mom



A cricket sang を演奏するマリンバ奏者 アマースト町の日没風景 コオロギ