エミリィ・ディキンスン資料センター便り【2022年8月】
2022(令和4)年8月の「エミリィ・ディキンスン資料センター便り」The Whisper from Amherst~エミリィのささやき~
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エミリィはいくつかの詩をとおして、詩を書くことが自分の天職であることを自認し、アピールしていました。そして、それが宇宙大の永遠世界に関わるような大事業であることを主張することもありました。こうしたエミリィの詩人願望を最も率直に表明し、蜂のような美しさと自由気ままな暮らしに恋焦がれている、そんな思いをこめた詩を紹介します。
‘His Feet are shod with Gauze-’
His Feet are shod with Gauze-
His Helmet, is of Gold,
His Breast, a Single Onyx
With Chrysophras, inlaid.
His Labor is a Chant-
His Idleness-a Tune-
Oh, for a Bee’s experience
Of Clovers, and of Noon!
足には紗の靴をはき
兜は 眩しい金製で
胸当ては 緑玉髄を
あしらった縞瑪瑙
仕事と言えば 歌うこと
怠けていても 楽しい調べ
ああ クローバーに接し 真昼を知る
蜂になれたならば!
(訳: 古川 隆夫 「ディキンスンの詩法の研究」 研究社 より)
日本のエミリィ・ディキンスン研究において第一人者である古川隆夫氏は、この作品について著書「ディキンスンの詩法の研究」の中で、「まさに『蜂の詩人』と言われるにふさわしい作品であり、彼女の詩人像を歌った作品といえよう」。と述べています。
また、この古川氏の著書によると、エミリィは約1800篇の作品の中で“Bee(s)”(蜂)ということばを114回も用いており、動植物の中では“Bird(s)”(鳥)の161回に次いで、2番目に多いそうです。エミリィ・ディキンスン事典(Jane D. Eberwein編、鵜野ひろ子訳)によれば、124回も現れるそうです。いずれにしても、多いということだけは間違いないでしょう。
後半で、‘a Chant’、‘a Tune’という風に、「歌」のことが2度も平行構文として繰り返されていることから、詩人が作詩に携わることの暗喩(metaphor)であるというのが有力な解釈です。暗喩とは、修辞法のひとつで、ある物事を言い表すのにその名称Xを用いず、それと類似した異種の物事の名称Yを用いて暗示的に表現する手法です。エミリィはこの暗喩を用いて、時間を忘れて試作に没頭する人生に対するあこがれや願望を明確に表現しています。
蜂の外見に関しては、「ガーゼの靴」を例えに用いて、毛で覆われた蜂の足を上手く表現しています。そして、頭部の様子を「頭には金のヘルメットをかぶり」、胴体の様子を「緑玉髄をちりばめた縞瑪瑙の鎧をつけた」と表現し、蜂のことを美しく武装した騎士に例えています。鎧の美しさで言えば、現代のゲームキャラクター、モンスター・ハンターに匹敵するのではないでしょうか。
また宝石は、エミリィの詩の中で重要な役割を示していると言われます。物事を宝石に例えることによって、無形の物の価値を表現したり、色を言及するためによく知られている宝石を使うことも多々あります。エミリィの詩を読み解いていくほどに、美しい宝石の名前のみならず、鉱石や鉱山のある地名など、知識の豊富さにも目を見張るものがあります。



Chrysophras(緑玉髄) モンスター・ハンターのアーマー single onyx(縞瑪瑙)